聖人は晴耕雨読、春は雨眠


春眠暁を覚えず…という詩を知ってるかな。春は眠いのだ。つまり春ばあちゃんは雨になると寝てしまうのだ。
そもそも聖人とは「学問を究め、徳のある生き方を努力する人」なので、仙人のような人の事ではないのである。つまりわしのような地道に生き、努力家する人のことを言うのである。そんな人は晴れたら田畑を耕し、雨の日は読書をするのである。ところが春ばあちゃんは晴れたら田畑を耕すが雨になると読書しないで寝ているのである。本は開くが、いつの間にか横になってしまっている。これじゃあ聖人になれんぞな。まあ春ばあちゃんが聖人になってもしょうがないけど。まじめに働いて、仲間と楽しく生きていれば聖人並みよ。無用な学は極めなくていい、人に役立つ学を究めればないいのだ。


すみません、雨になって寒くなって、こたつに入っていると眠くなって寝てしまってました。
外に出て仕事できません。苗たちも寒さに震えています。雨が止んだ時に生ごみを堆肥作りの所に持って行ったことと、裏の畑のアスパラガスの所の草を取ったことぐらいしかできませんでした。
そこで雨の止み間に散歩をしました。
画像

写真は、今日通った春の小川です。人の手が入ってない水が流れているだけの川です。勝手に低い所を水が流れているといった風情です。これは隣を流れているもう一つの農業用の川の水を調整するために大水の時に水を逃がすための穴があけてある所から流れ出ているのです。、周りの雨水を集め、大川へと流れます。反対に大川の水位が上がるとこの川は逆流して大川の水を田畑に逃がして氾濫を防ぐ役もします。その時には農業用の川にはいかないように穴に蓋をします。ここは浅いので小さな魚や虫たちがいます。草が生い茂るとヘビやマムシがいるので近くには行けませんが、今ならじくじくしているのを我慢すれば近くに行けます。
 昔の人は、川の水を逃がすということを考えて田や畑に貯水して治水をしていたのだなあとこれで知りました。だから昔の家は田畑よりも高い所にありました。また高い石垣を組んだ上に家が建っていました。
 今は治水といえば、大きい川に流して堤防を築いて水を排除する方向に行くことです。だから家も低い所にあり、田の中や畑と同じ高さの土地に建てています。
 わが村は、大雨になると田畑が湖のようになります。水に埋まってしまうのです。でも、雨がやむと水はさーーーーと引いて元通りの田畑が現れるのです。でもその時ゴミを置いていきます。畑のあった道具などは持って行かれます。昔は畑に道具は置いておかなかったのですね。もっとすごい時は稲の架かった稲木をそのまま移動させます。水の力はすごいです。自分の稲木が他の人の田んぼに立っていることになります。でも家を流されたり人の命を奪われたりすることよりはいいですね。今は稲木をしません。コンバインが刈ってくれます。
 いろんなことを思いながら、田舎道を歩きました。それも雨で畑仕事ができなかったおかげであります。
桜が歩道一面に散り、雨でへばりついていました。
画像

溝にたくさんの花びらが集まっていました。

お寄りいただいてありがとうございます。

人気ブログランキングへ
晴れたらもりもり働くぞ。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 20

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント